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名古屋地方裁判所豊橋支部 平成9年(ワ)46号 判決 1999年8月31日

主文

一  被告は、原告乙川二郎に対し、金三八〇一万六〇〇〇円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告丙山三郎に対し、金一六六五万〇〇〇〇円及びこれに対する平成九年三月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告乙川二郎に対し、金三八〇一万六〇〇〇円、原告丙山三郎に対し、金一六六五万円、及びこれらに対する平成九年三月五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  原告らの請求原因

1  原告らの退職に至る経緯

(一)(1) 原告乙川二郎(以下「原告乙川」という。)は、昭和五六年から被告において透析治療を専門とする常勤医師として透析医療に従事し、平成元年七月より平成八年三月一五日まで、被告の理事長の職にあった。また、原告丙山二郎(以下「原告丙山」という。)は、昭和五六年から被告の事務局において経理担当の責任者として稼働し、平成二年五月から平成八年三月一五日までその事務理事の職にあった。

(2) 原告乙川は、在職中より、迅速かつ的確な治療を施す透析治療専門医として評判が高く、地域社会への奉仕活動にも熱心な高潔な人格の持ち主として患者らの絶大な信頼を得ていた。このために、被告は、透析治療医療機関として名を上げて、その収入の約九五パーセントを透析治療医療機関として名を上げて、その収入の約九五パーセントを透析治療による収入が占めていた。

(3) また、原告丙山は、被告の経理担当責任者として長年にわたり誠実かつ正確に職責を全うして経理面のみならず人事・総務部門でも被告の発展に貢献し、病院経営実務における手腕と能力、それに真摯な人柄はその関係者の高い評価を得ていた。

(二) 被告は、地域住民及び近隣の透析患者の揺るぎない信頼を得ていたが、かかる評価は、前記のとおりの原告らの長年にわたる、被告における患者に対する献身的な治療と努力の賜物であった。

ところで、被告の理事会は、「住民本位に医療・福祉の充実と地域住民の健康づくりをすすめること」を標榜する訴外社団「三河健生会」(以下「健生会」という。)の理事により構成され、健生会の常任理事が自動的に被告の理事に就任する慣行が行われ、医療法人としての被告の運営は、健生会の支配下におかれてきた。

しかるに、近年、ケアハウス(軽費老人ホーム)の建設に関わる資金計画等に関連して、健生会の運営方針と、原告らが実施している被告の医療・経営方針との見解の相違が顕著になってきていたが、健生会と原告らとの対立はより深刻な事態となっていったことから、原告らは、平成八年三月一五日に至り、両名とも被告の理事を辞任し、平成八年三月三〇日をもって被告を退職した。

2  原告らの給与体系及び支給額

(一) 被告は、平成元年に医療法人となり、これを契機として、原告乙川は平成元年に、また、原告丙山は平成二年にそれぞれ被告の理事に就任した。しかし、原告らに支給される給与額の決定方法は、原告らの理事就任前後を通じて変わるところはなかった。すなわち、被告と同程度の規模を有する愛知県内の他の病院に勤務する、原告らと同年齢、同様な経験を持つ勤務医あるいは事務職員の給与の標準額を調査し、これを参考として被告の経営成績等をも考慮してその給与体系表を作成し、妥当とされる額を理事会に提案し、その承認を得て原告らの給与額を決定していたものである(右給与額は、約二年に一度改定されていたが、各改定手続も右に述べた手続と同様である。)。そして、原告らに支払われる右給与は、被告の他の一般事務職員の給与と同様に被告の損益計算書において「販売費及び一般管理費」中の「給与」の科目に計上されていたのである。

(二) このように、原告らは、肩書としては理事職にあったものの、その給与額は被告の決算時の社員総会において理事報酬として承認される手続によって決定されていたのではなく、一般職員と同様に予め定められた給与体系に基づいて理事会に上程されて理事会の承認を受け決定されるという手続によっていたのであるから、実質的には理事就任前後を問わず一貫して職員としての立場で給与の支払を受けていたものである。

右手続を経た結果、原告らの退職当時(平成八年三月)、原告らの支給される給与額は次のとおりであった(なお、原告らには賞与は支給されていなかった。)。

(1) 原告乙川

月額基本給 金二一一万二〇〇〇円

月額役職手当(管理職手当及び理事長手当) 金八六万二五〇〇円

合計金二九七万四五〇〇円

(2) 原告丙山

月額基本給 金九八万六〇〇〇円

月額役職手当(管理職手当及び専務理事手当) 金三三万一二〇〇円

合計金一三一万七二〇〇円

3  退職金額

(一) 原告らは、被告を退職したことにより、後記の被告の従業員退職規定及び前記の原告らの基本給に基づき、以下の退職金を被告に対して請求しうるものである(以下「本件退職金請求権」という。)。

(1) 原告乙川

金三八〇一万六〇〇〇円

金211万2000円(退職時基本給)×15(勤続年数)×1.2(支給係数)=金3801万6000円

(2) 原告丙山

金一六六五万〇〇〇〇円

金92万5000円(退職時基本給)×15(勤続年数)×1.2(支給係数)=金1665万0000円

退職金規定

第2条 5 勤続一五年以上 退職時基本給×1.2×勤続年数

(二) 被告の理事会は、平成八年三月三〇日、原告らに対する退職金支給額として被告の右退職金規定に基づき右と同一の金額を支払う旨を決定し、これらを原告らに通知した。

(三) このように、原告らは、実質的に被告の職員(従業員)として勤務、稼働していたことに照らして、右のとおり従業員退職規定に基づいて本件の退職金を請求するものである。

被告が、原告らの肩書が理事であることから、社員総会の決定が必要であるとして(実際には社員総会において不支給決定がなされたとして)本件退職金の支払を拒むことは、原告らの被告に対する長年の貢献、原告らの現実の給与額等の事情からしても信義則に違反するものというべきである。

4  予備的請求

(一) 仮に、原告らが理事として退職金の支払を受けるべきであるとしても、医療法人の組織・運営を定めた医療法には理事の退職金支払に関する権限が社員総会にあるとの規定は一切存在しない。すなわち、退職理事に退職金を支払うか否か、及びその金額については、医療法は、商法のように取締役の退職金支払に関する権限を株主総会(社員総会)に留保するとの規定をあえて置いていないのである。そして、被告の定款にも理事の退職金支払に関する権限が社員総会にあるとの定めは存在しない。

したがって、理事会が、退職金の支払及び金額について決定しうるのであり、右理事会決定により、原告らは、被告に対して、本件の退職金を請求する権利を取得したものである。

(二) 仮に、原告らが退職金を請求するには被告の社員総会の決議を経る必要があるとしても、被告の理事会が原告らに対して退職金の支給を約束したにもかかわらず、右退職金支給の社員総会決議がなされない以上、原告らは、被告に対して、右同額の金銭支払請求をすることができる。

すなわち、理事会が社員総会の権限に属する事項につき、その決議を成立させる旨を決定し、これを代表者理事長の資格において原告らに約束し、その履行を怠った場合に、右約束が当該退職者の地位、勤続年数、貢献、給与等に照らして合理的な内容のものである以上、被告もまた理事会が取り交わした右約束に拘束されるものである。

5  よって、原告らは、被告に対して、本件退職金請求権に基づき、原告乙川については、退職金三八〇一万六〇〇〇円、原告丙山については、退職金一六六五万〇〇〇〇円、及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日である平成九年三月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1(一)  請求原因1の(一)の(1)のうち、原告乙川が、被告の理事長の職にあり、透析医療に従事したこと、原告丙山が、当初理事兼事務長であり、後に専務理事であったことは認め、その余は否認する。

(二)  請求原因1の(一)の(2)のうち、被告の収入の約九五パーセントを透析治療による収入が占めていたことは認め、その余は否認する。

(三)  請求原因1の(一)の(3)のうち、原告丙山が、被告の経理・人事・総務の責任者であったことは認め、その余は否認する。

(四)  請求原因1の(二)のうち、被告が地域住民及び近隣の透析患者の信頼を得ていたこと、被告の理事会が、健生会の常任理事により構成され、それが慣行化されていること、原告らが平成八年三月一五日に被告の理事を辞任したことは認め、その余は否認する。

2(一)  請求原因2の(一)のうち、被告が医療法人となると同時に原告乙川が被告の理事長に就任したこと及び原告らに支払われた報酬が、被告の損益計算書において「給料」の科目に計上されていたことは認め、その余は否認する。

(二)  請求原因2の(二)のうち、原告らに支給された報酬額が原告ら主張のとおりであることは認め、その余は否認する。

3  請求原因3は、すべて否認する。

4  請求原因4は、いずれも否認する。

5  請求原因5は、争う。

三  被告の反論

1  原告らは、被告成立時からの常任理事であり、院内理事として正に被告の業務を執行してきた者である。形式的には「給料」として支払われていたが、これらは原告らへの理事報酬であった。

2  被告には理事の退職金についての規定は存在しなかった。そのため、本来ならば社員総会で理事退職金についての規定を定めなければ退職金を支払うことができない。ただ被告は、便宜上社員総会の承認でこれに替えようとしたのである。したがって、理事会の決定も、あくまでも社員総会の承認を条件とするものであった。

このように、理事会(平成八年三月三〇日開催)は、社員総会の承認を条件として支払う旨を決定したものであり、その旨原告らに通知されている。

3(一)  平成八年五月二九日の社員総会においては、圧倒的多数の反対による不支給決定がなされた。

その実質的な理由は、原告らは、左記のような被告に対する重大な業務上の障害を与える行為をしており、これは背信行為であるとの認識のもとに右の結論が出されたものである。

① 被告所在地からわずか一五〇メートルの地点に、被告と同一規模のクリニックの開設工事を始めたこと、

② 右の開設の準備が原告らが在職中から密かに準備されていたこと、

③ 被告を構成するスタッフ、患者らの大量の引き抜きを実行したこと、

(二)  また、被告職員に対する退職金は、懲戒解雇された場合には支給されないこととなっている。そして、その職員の懲戒事由として、

① 故意、怠慢又は重大な過失により、業務上の障害や不利益をもたらした場合

② 不正は、不良の行為によりクリニック豊橋の体面を汚した場合が定められており(就業規則第四三条)、原告らの前記の行動は、仮に原告らが被告従業員であったとしたら、間違いなく懲戒解雇に当たる行動であったことを認識すべきである。

四  被告の反論に対する認否

被告の反論は、すべて争う。

第三  証拠

証拠関係については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2について

1  請求原因1の(一)の(1)の事実のうち、原告乙川が、被告の理事長の職にあり、透析医療に従事したこと、原告丙山が、当初理事兼事務長であり、後に専務理事であったこと、請求原因1の(一)の(2)の事実のうち、被告の収入の約九五パーセントを透析治療による収入が占めていたこと、請求原因1の(一)の(3)の事実のうち、原告丙山が、被告の経理・人事・総務の責任者であったこと、請求原因1の(二)の事実のうち、被告が地域住民及び近隣の透析患者の信頼を得ていたこと、被告の理事会が、健生会の常任理事により構成され、それが慣行化されていること及び原告らが平成八年三月一五日に被告の理事を辞任したことの各事実については、いずれも当事者間において争いがない。

2  請求原因2の(一)の事実のうち、被告が医療法人となると同時に原告乙川が被告の理事長に就任したこと、原告らに支払われた報酬が、被告の損益計算書において「給料」の科目に計上されていたこと及び請求原因2の(二)の事実のうち、原告らに支給された報酬額が原告ら主張のとおりであることの各事実については、いずれも当事者間において争いがない。

3  以上1及び2の各当事者間に争いがない事実を除くその余の請求原因1及び請求原因2の各事実については、前記の当事者間に争いがない各事実に加えて、別紙書証目録記載の各書証、証人高橋正の証言(ただし、後記の採用しない部分を除く。)及び原告丙山本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、すべてこれらの事実を認めることができ、右認定に反する証人高橋正の証言は、前掲の他の証拠に照らしてただちにこれを採用することができない。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  請求原因3について

そこで、請求原因3の事実について検討する。

1  前記一で認定した各事実に加えて、別紙書証目録記載の各書証、証人高橋正の証言(ただし、後記の採用しない部分を除く。)及び原告丙山本人の供述並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一)(1)  原告乙川及び原告丙山のような被告の理事に就いている者については、その退職にあたっての退職金の支払に関する定めは何も存在しないこと、

これに対して、被告に働く職員の退職金の支給については退職金規定が存在していること(昭和五九年六月一日より実施)、

(2) また、被告の定款においても理事の退職金支払に関する規定は何ら存在しないこと、ましてやその支給についての権限が社員総会にあるとの定めも存在しないこと、

(3) さらに、医療法人の組織・運営を定めた医療法には、理事の退職金支払に関する権限が社員総会にあるとの規定は一切存在しないこと、すなわち、退職理事に退職金を支払うか否か、及びその金額については、医療法は、商法のように取締役の退職金支払に関する権限を株主総会(社員総会)に留保するとの規定を置いていないこと、

(二)  被告の理事会は、平成八年三月三〇日に、原告らに対する退職金支給額として被告の前記の職員に対する退職金規定に基づき、左記の金額を支払う旨を決定し、これらを原告らに通知したこと、ただし、右決定は、右支給の最終決定は社員総会の承認の有無にかからしめる内容となっていること、

(1) 原告乙川

金三八〇一万六〇〇〇円

(2) 原告丙山

金一六六五万〇〇〇〇円

(三)  前記認定の職員に対する退職金規定(第2条 5号勤続一五年以上、退職時基本給×1.2×勤続年数)に基づき、これも前記認定の原告らの基本給に基づく、原告らの本件の退職金の額は、次の算定式によると、前記認定のとおりの金額となること、

(1) 原告乙川

金三八〇一万六〇〇〇円

金211万2000円(退職時基本給)×15(勤続年数)×1.2(支給係数)=金3801万6000円

(2) 原告丙山

金一六六五万〇〇〇〇円

金92万5000円(退職時基本給)×15(勤続年数)×1.2(支給係数)=金1665万0000円

(四)(1)  原告らの本件退職金請求権に基づく退職金の請求は、実質的に被告の職員として勤務、稼働していたことに照らして(準用して)、右のとおり職員の退職金規定に基づいてするものであること、

裏返せば、原告らは、本件の請求において、特に理事としてのいわゆる功労に対する退職慰労金ないしは退職功労金を請求しているものではないこと、

(2) そして、原告らは、前記一で認定したとおり、一五年間にわたって被告の中枢職員として勤務してきたものであり、かつ、その実績を上げてきたことは事実であること、

(五)  被告においては、従前、医師である被告の理事(訴外城田良雄)が退職したことがあるが、その際の退職金の支給にあたっては、特に被告の社員総会に諮ることなくその支給がなされたこと、

(六)(1)  原告らは、いずれも平成八年三月三〇日付けをもって、辞任により被告を退職していること、

(2) したがって、原告らの退職については、被告の定款による除名処分はなされていないのみならず、被告の理事会による解任の手続等もなんら執られていないこと、

(3) また、本件全証拠によるも、被告の反論3の(二)に該当する事実については、いまだこれを認めるにたりる証拠はないこと、

以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証人高橋正の証言は、前掲の他の証拠に照らしてただちにこれを採用することができない。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  社員総会の不支給決定について

被告は、要するに原告らの退職金支給については、社員総会で不支給決定がなされているから、退職金支払義務はないと主張する。

しかしながら、理事についての退職金規定の定めがない以上、原告らの場合にのみ社員総会の承認がなければその支給ができないと解するのは相当ではない。したがって、社員総会の承認の有無は、退職金支給の要件とはならないものと解するのが相当である。

そうすると、退職金の支給事由が発生した場合には、被告の理事会は相当期間内にはその退職金の額について決定承認すべき義務があるものと解され、社員総会の承認という特別の条件を付加して、不支給の決定がなされたことを理由にその支払を拒むことは信義則からいって許されないと解するのが相当である。

(また、被告は、その実質的な理由として原告らには懲戒事由が存在したから、本件の退職金支払義務はない旨主張するが、これについても前記認定のとおり、原告らに対してはその退職につき除名処分等の制裁措置は執っていないのであるから、右の主張を理由としてその支払を拒むことも信義則からいって許されないと解すべきである。)

3  そして、原告らの退職金につき、被告の理事会による最終的な正式金額の決定がない以上、前記の職員の退職金規定を準用して算定するのが条理上相当である。したがって、原告らは、その理事在職に対する退職金として、前記1の(二)及び(三)で認定された金額、すなわち、原告乙川は金三八〇一万六〇〇〇円の、原告丙山は金一六六五万〇〇〇〇円のそれぞれ退職金請求権を有するものと認めるのが相当である。

4  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求原因1ないし3の各事実は、これをすべて認めることができ、その理由がある。

したがって、原告らの本件退職金請求はいずれも理由がある。

三  結論

よって、原告らの本訴各請求については、いずれも正当なものとして理由があるから、これをすべて認容すべきであり、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条を、仮執行の宣言については同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

別紙 書証目録<省略>

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